都市部の職場と住まいの関係について

賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます。今回は、コロナをはじめとした様々な社会変化を通じて変わっていく、職場と住まいに関してです。

画像=写真AC

最近、また取引先のところにお伺いすることが多くなった。今までは、ほとんどオンラインで完結していた打ち合わせも、「ちょっとリアルでお会いしましょうか?」と言われると、頷かざるを得ない。私の自宅から取引先まで、移動時間として1時間程度要するが致し方ない。

しかし、実際にリアルでお会いして、打ち合わせをすると、かなり商談が進む。多くの会社がリアルでの出社を求めはじめているのも納得がいく。やはり生産性が違うのだ。またリアルで会うことで、他の話題も気軽にできるし、別のビジネスに繋がったりする機会も増える。人間の五感というものは偉大なものだ。会うだけで、雰囲気を感じ取り、さまざまな発想が生まれてくる。

しかし、そうはいえども、移動の時間は、それなりにもったいない。特に東京は、電車がかなり混んでいる。出勤ラッシュと重なると、1時間程度は、満員車両に押し込まれたまま何もできなくなってしまう。

また、電車の空いている時間帯でも、やはりそれなりに時間の浪費を感じてしまう。周りの乗客を見ると、ほとんどの乗客はスマホを弄っている。スマホでショート動画を見たり、ゲームをしたりする人が大半だ。まさに各企業が「ユーザーの時間の奪い合い」をしているのも納得だ。人間の無意味な時間の奪い合いのために、多くの企業が、コンテンツを考え、マーケティングコストをかけ、必死にライバルから抜きん出ようと考える。不思議なものだ。

職場と住まいの距離や時間は、その人に多大な影響を及ぼすだろう。実際に賃貸仲介の現場で、多くのユーザーの「職場と住まいの関係性」を見てきた。

とにかく職場に近い方が良い、部屋は狭くても良いから歩いていける住まいが良い、というユーザーもいれば、通勤時間はそこまでこだわらない。とにかく広くて安い物件が良い、というユーザーもいる。

私自身は、実家から独立してからこれまでの人生で職場や学校の近くに住んだことがない。どの職場や学校でも電車通勤をしてきた。学生時代の物件は、学校近くの物件が全て満室になっており、致し方なく少し学校から遠いワンルームを借りた。また、仕事を始めてからは、ほぼ強制的に会社から住まいを決められた。いわゆる、「空いている管理物件に住んどけ」的な会社の指示である。

私自身がかなり電車通勤に不便を感じていたことから、はじめての部屋探しをするユーザーには、なるべく職場や学校に近い物件を紹介するようになった。「電車通勤は面倒ですよ」「時間の無駄ですよ」と接客時によく説明していた。何せ睡眠時間が全然違うのである。職場と住まいと睡眠時間の相関性などのレポートがあったら、見てみたいものだ。
しかし、なかには、このように説明しても

「職場からある程度遠いほうが良い」というユーザーもいた。「職場から離れるけどオンとオフの切り替えができる」という理由が多かったように感じる。たしかに、移動時間のあいだに、「仕事の意識」から「プライベートの意識」に変わっていくこともできるだろう。これは、これで納得もできる理由だ。

数年前からのコロナ禍では、郊外の広めの単身者向けの物件やファミリー物件が埋まっていった。かなり需要が高かったようだ。逆に都心のワンルームはかなり苦戦していた印象である。しかし、ここ最近では、都心の物件がまたどんどんと埋まりはじめている。

ちなみに、「このままずっとオンラインで仕事ができる」と考えて、職場から離れた場所に引っ越したユーザーのなかで、はたして現在でも全てオンラインで仕事が完結できる人はどれだけいるだろうか?もちろん、WEBマーケのかたや、デザイナー職などで完全にオンラインでの仕事に移行している人も多く存在している。しかし、「ちょっとリアルに打ち合わせを」と会社や取引先に言われているユーザーも相当数増えているような気がする。特に一定のコミュニケーションを要する仕事のかたは、「リアル」を求められることも増えているのではないだろうか。

また、穿った見方かもしれないが、「職場から離れているが故に」仕事の制限をせざるを得ないかたも一定数存在しているような気がする。リアルでの打ち合わせを求められているが、それが時間的に難しいために断らざるを得ない、仕事を受ける機会を逃しているかたもいるような気がする。

賃貸仲介の接客で重要なことは、ユーザーの希望条件をどれだけ「ヒアリングできるか」だ。ヒアリングのポイントは、「引っ越し時期」、「引っ越しの動機」、「優先順位」だと言われている。こうしたポイントを押さえて、ユーザーに最適な物件を紹介していく。

ただ、これからは、こうした重要なヒアリングポイントとあわせて、ユーザーのライフスタイルに対してもしっかりとヒアリングを行なっていく必要が出てきそうだ。特にそのなかでも、「職場と住まいの距離や時間」は、深くヒアリングしていかなければいけない。「オンラインなので、多少遠くても問題ないですよ」と伝えるユーザーが、本当に将来的にもオンラインのみで仕事が完結できるのか、を聞ける範囲で深掘りしていったほうが良いだろう。

住まい選びでは、当然「職場と住まいの時間と距離」は重要なポイントである。また、ここにはユーザーの価値観やライフスタイルに対する考えが詰まっている。時代を経るにつれ、職場と住まいの関係性もそれに対するユーザーの考えも変容していく。しっかりと時代の流れを掴んだヒアリングとユーザーのライフスタイルに合わせた物件の提案が、仲介業ではより重要になってくるかもしれない。

 
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