宅建士のパートのおじさんが、最強だった件

賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます。(リビンマガジンBiz編集部)

画像=写真AC

電子契約の全面解禁で忘れてはいけないこと

今年の5月から不動産取引の電子契約手続きが全面解禁になり、業界は大きく変わりそうだ。不動産業界のかたと話す際の話題になるのは当然だが、なによりも、他業界の知り合いとの、会話の中でも、この電子契約について話題にのぼることがある。それなりに世の中もこの不動産業界の進化に期待はしているのだろう。

賃貸契約に限って言えば、こうした契約の電子化は事業サイドの目線で見ても大変助かる。賃貸契約の場合、ユーザーが部屋に申込をしてから、引き渡しまでの期間がとても短い。短い期間のあいだで、書類の郵送期間や、契約日の設定をすると、物理的に引き渡しに間に合わない、なんてことが、現場では散見される。管理会社から仲介会社への契約書の到着が、物件の引き渡し日の2日前、なんてことも首都圏ではザラにある。そう考えると、契約書のデリバリーの期間がショートカットできる電子契約は本当に喜ばしい限りである。

ユーザーの利便性も向上するが、不動産会社にとっても大幅に業務を軽減できることは間違いない。また時間コストのみならず、郵送費などの実質のコストも削減できるのが、喜ばしいところだ。

 今後の電子契約化の普及も期待しているが、従来から進められている「オンライン重説」もかなり現場では浸透してきている印象だ。宅建を持っている営業担当の従業員が重説内容を読み上げるのが通常のフローだ。しかし、実際には、宅建を保有していない営業担当も多く、代わりに宅建保持者の他の従業員が重要事項説明を行い、契約をアテンドするケースが賃貸仲介の現場では圧倒的に多い。売買仲介の現場の場合は、大半の営業スタッフが有資格者である印象だが、賃貸はまだまだ宅建資格未取得者の営業スタッフが物件紹介をしている会社も多いだろう。
 
土曜、日曜になると、駅前の不動産店舗のバックヤードでお茶を啜りながら、ちょこんと座っているおじさん、おばさん(もしくはお爺さん、お婆さん)がいる。従業員であれば、かなりの確率で「契約締結業務を行う宅建士」の可能性が高いだろう。

また、こうした宅建保持をしている年配の事務員のかたも、今やZOOM等を利用して、重説を読み上げるようになっている。ひと昔前までなら考えられなかったことだ。しかし現在、オンラインで契約締結を行うことに抵抗感のあるユーザーは、ほとんどいない。

そう考えると、前述したような契約の電子化もあっという間に浸透するかもしれない。

ちなみに、こうした店舗にいる「おじさん宅建事務員」のかたは、長いあいだ、その待遇や存在が軽視されてきた。「資格があって、時間の融通が効けば、誰でもいい」的な存在であった。

おじさんが退社してクレームが激増

数年前の話だ。その不動産賃貸店舗も例にもれず、そうした「宅建事務員」のかたを雇用していた。定年を超えたばかりの初老の紳士然とした方だった。彼は、週に3〜4日程度出勤し、重要事項説明や契約手続きを黙々と行っていた。私が商談でその店舗に伺うと、毎回、丁寧にお茶を出して頂いたことを覚えている。

彼は重要事項説明の業務がない時は、ポータルサイトの入力などを行っていた。作業量としては、やはり若い世代には到底作業が追いついていなかったようだ。

彼がいる期間、残念ながら、私も彼の存在を認めることはなかった。私のなかでも他のかたと同様に、「宅建事務のおじさん」というイメージしかなかったのが本音だ。

それから数年後、その不動産店舗を訪問した際のことだった。

いつものように店長と売上やその対策について話し合い、席を立とうとした際、その店長が思い出したように話した。

「以前、この店にいた宅建事務のおじさん、家庭の事情で退職したんだよね」

私は、彼の顔を思い出すまで少し時間がかかった。店長は続ける。

「けど、まぁウチのスタッフも宅建を取ってくれたので、登録のところは困ったことにはならなかったんだけど」

ここで店長は言葉を切った。

「ただ、あのおじさんが辞めてから、契約後のクレームが爆発的に増えたんだよね」

そのおじさんは、重要事項説明の際に、ただ文面を読むだけではなく、入居後の困った場合の対処方法や、管理会社との付き合い方、共同生活の注意点などを細かく説明していたそうだ。また契約の内容も不明な特約条項などが記載されていた際は、管理会社に細かくヒアリングしていたとのことである。そのおかげもあり、その店舗では契約後のトラブルやクレームは、皆無だったそうだ。

しかし、宅建を取ったばかりのスタッフは、そうした案内をせず、ただ文面だけを読み上げていたようだ。そこではじめて、こうした問題が噴出したらしい。

その店長は、最後にこう呟いた。

「契約手続きを、侮っていました。勿論紹介スタッフの細かいフォローが大前提でしたが、契約事務スタッフが代わっただけで、こんなことになるとは」

これからも不動産契約はより電子化が進み、効率化していくだろう。しかし、忘れてはならないことは、「不動産契約に詳しくないユーザー」に安心して、契約してもらうことこそ不動産業の本質であるということである。電子契約になっても、フォローしなければいけないポイントはあるのだ。今後、不動産業のDXが進化したとき、このおじさんの話を少しでも思い出して頂ければ嬉しい。

 
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