この物件無くなっちゃいますよというシンプルながらも、奥深いセールストーク

賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます。(リビンマガジンBiz編集部)

私は、営業されるのが苦手だ。いや、私以外の多くの人がそうだろう。たとえば、衣料品店で店員さんに話しかけられるだけで、変な汗が出てしまう。商談の際に、「あ、クロージングされている」と感じた瞬間から、どうやって断り、この場を切り抜けるかを考えてしまう。なるべく誰にも話しかけられずに、商品を選びたい。心おきなくゆっくりと店内を回りたい。

不動産の取引では、誰とも会わずに引き渡しまで完了させることは、ほぼ不可能である。直接会わずとも、契約時にオンラインで重要事項説明書の読み合わせを行わなければならないし、なによりも内見時に営業スタッフと会う可能性が、現時点では、とても高い。そう考えると、なかなか物件を探すというのは、ある部分では、億劫なのかもしれない。
 
不動産の営業で、とても重要視されるのは、「クロージング」である。クロージングを怠ってしまうと、営業の数字に大きなマイナスインパクトが生まれる。クロージングの種類がどうあれ、なんらかのアクションを起こさなければ、顧客は逃げてしまうのも、悲しい現実のひとつなのだ。

 「この物件、もしかしたら別の方で申込が入るかもしれません」

この言葉を一般のユーザーが、内見時の部屋で聞いた時、どのような心理状態になるだろう。おそらく大半のかたが、「あ、営業されてるな」と感じるのではないだろうか?たしかに、不動産会社が営業をしていることには、間違いないが、それ以上に、それが真実である、ことを不動産会社に働く人たちは、知っている。「人気の物件は、本当にタッチの差で無くなるのだ」と。

数年前、全く不動産関係の仕事ではない、とある友人とお酒を飲んでいだときの話である。

彼は、ちょうど部屋探しを開始したばかりであった。

「部屋探しのためにポータルサイトに問い合わせをすると、とにかくガンガン不動産会社から営業されるんだよね」

 彼は、億劫そうにこう言った。

「もっと最悪なのは、内見で部屋に入った時だね。殆どの不動産会社の営業スタッフが、お部屋無くちゃいますよ、って言うんだよ。そんなにすぐ無くなるものではないと思うけどね」
彼は笑いながらこう言った。私は、特にそれに対して意見を述べず、その日は解散した。

それから半年ほど経過してその彼と再会した。どうやら彼は、まだ部屋探しを継続しているらしい。困った顔で私にこう言った。

「5件ほど内見して、その後2週間程、なんとなく検討して、気になる物件に申込みしたいと不動産会社に伝えたら、その物件終了してたんだよね」
 

さらに彼は続ける。

「いや、それが1件だけではないんだよ。じゃあ2番目に気に入った物件に申込みしようとしたら、それも終了。あきらめて、別の物件に問い合わせし、内見をお願いしたら、それは、内見前に募集終了したみたいなんだ。本当に人気のある部屋は無くなっちゃうんだね」

私自身も不動産営業をしていた時に、よくユーザーにこう言っていた「この物件、他のかたで申し込み入るかもしれないです」と。

しかし、これは数字を上げたいという意識よりも、本当にその部屋に申し込みが入りそうで、それを理解して欲しくて、伝えていた。しかし、営業が得意でない私は、それを下手な営業トークだとユーザーに受け取られていたことが多かったかもしれない。

仲介営業に身につく独自の感覚とは

不動産営業に長く従事していると、当然、自分の営業エリアの相場感や市場の動きがわかるようになる。そうすると、「この物件、すぐに決まるな」という感覚が付くようになる。そしてその感覚は、十中八九当たる。

ちなみに、これは、賃貸物件だけでない。売物件でもそうだし、投資用の物件もそうだ。

 ちなみにユーザーでも、「人気の集中する物件はすぐに無くなる」と理解するユーザーは、下記のような認識、そして経験がベースとなっている。

 ・上記の私の友人のように、実際、気になる物件に申し込みをしようとしたら2番手になった経験
 ・そもそも不動産市場に理解があり、一物一商品だということを理解していること
 ・内見時に他社の検討者とバッテイングした経験

このあたりを経験しているユーザーは、「物件はすぐに無くなる」ということを踏まえて行動できる。しかし、一度もそういった経験がなければ理解できないのかもしれない。

では、不動産会社では、この「すぐに無くなる」ということをどのように伝えれば良いのだろうか。

とある仲介会社では、まずレインズや業者間のサイトの成り立ちを説明し、相場を説明し、そしてサイト内の情報をユーザーと一緒に共有し、それらが完了したうえ、初めて内見に行くようにしている。

これにより、ユーザーが内見する物件が「レア」であること、そして相場的に「今後もなかなか同様の空室が生まれないこと」、「基本的に同じデータベースを見ているので、検討物件が他の不動産会社で紹介されているかもしれないこと」を理解してもらう。

たしかに、これにより、少しユーザーの理解度は高まりそうだ。

問題は、このような取り組みを、このコロナ禍でどのように行うかだ。オンライン紹介が一気に浸透しつつある今、どのようにユーザーに上記のような取り組みを実施していくか、それぞれの不動産会社で知恵を絞らなければならない。

なかなか困難な課題ではあるが、これをクリアすると大きな売り上げ向上に繋がるだろう。

 
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