最終回「仲介店舗の熱気を覚えていますか─変わりゆく不動産の現場から」
南智仁 賃貸仲介の視点
賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます(最終回)。

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本記事をもって、約4年半にわたり続いてきたこの連載は最終回を迎える。まず何より、ここまで読み続けてくださった読者の皆様に心から感謝をお伝えしたい。そして、多忙な編集現場の中で執筆の自由を尊重し、ほとんど修正依頼もなく快適な執筆環境を提供してくださったリビンマガジンBiz編集部の皆様にも、深い敬意と感謝の気持ちを申し上げたい。連載開始は2021年4月。それから今日までの4年半は、振り返るほどに濃密であり、業界の構造変化をまざまざと体感した時期でもあった。
2021年といえば、新型コロナウイルスが社会全体を覆い、ビジネスのあり方そのものを揺さぶっていた。対面が前提だった不動産業務も例外ではなく、オンライン接客、オンライン内見、オンライン重説といった取り組みが一気に広まった時期だ。本来であれば数年をかけて浸透していくはずだったデジタル化が、コロナという強制力によって一気に加速した。現場にいる身として、その急激な変化を肌で感じたのを今でも覚えている。当時は試行錯誤も多かったが、この混乱期が賃貸仲介に新たなスタンダードをもたらしたことは間違いない。
同じ時期、都心の賃貸市場も今とはまったく異なる表情を見せていた。2021年頃は比較的空室が目立ち、選べる物件も多かった。しかしそこから4年あまりが過ぎた現在、状況は大きく逆転した。多くのエリアで満室が続き、物件の取り合いが起き、賃料は上昇傾向を維持している。もはや「あの頃」に戻ることは考えにくく、むしろ今後も緩やかな値上げが都心部における標準的なトレンドになっていくだろう。需要と供給の関係がこれだけ劇的に変わった背景には、人口動態、外国人需要、建築コスト高騰、物件供給の遅れなど多くの要因が交錯しているが、何より「賃貸市場の構造変化」が進んだと言える。
働く側の価値観も同様に変わった。かつて不動産仲介といえば、体育会系の空気が漂い、長時間労働や根性論が当たり前のように語られていた。しかし現代の若者は「収入」だけを軸に働くのではなく、「意義」や「働きやすさ」を重視する。彼らは業務内容だけでなく、組織文化や仕事の意味にも敏感だ。結果として、昔ながらのハードボイルドな会社は姿を消し、より穏やかな空気で働ける仲介会社が増えた。これは業界にとって大きな転換点であり、長く厳しいイメージがつきまとってきた不動産業界の健全化に寄与している。
こうした変化の中で、私自身が常々感じてきたのは「賃貸仲介業という概念は、いずれ形を変えていく」という確信だ。従来は仲介会社が物件を紹介し、契約を取りまとめるという明確な役割分担が存在していた。しかし現在、情報の流通経路は変わり、ポータルサイトの機能は拡張し、AIによるマッチング技術も進化している。ユーザーは自ら物件を探し、比較し、問い合わせる時代になった。こうなると仲介会社が担ってきた「情報の橋渡し」という役割は薄れ、物件紹介は「管理の一部」として組み込まれていく可能性が高いと感じる。つまり、これまで独立していた仲介業務が、リーシングマネジメントとして管理業務に吸収される未来が現実味を帯びているのだ。
この変化は決して悲観すべきものではなく、むしろ業界の成熟化を意味している。これからの賃貸会社に必要なのは、物件情報をただ掲載することではなく、「オーナーの経営パートナー」としてのコンサル能力だ。収益改善、運営効率化、修繕計画、競争力維持、空室時の打ち手―こうした視点を持ちながら管理物件を獲得し、そこから効率的にエンドユーザーへ情報を届ける仕組みを整えることが、今後の競争力を左右する。仲介専業の会社にとっては過渡期の難しさもあるが、視点を変えれば大きなチャンスにもなる。今まさに業界構造が変わりつつあるこのタイミングで管理物件獲得へ舵を切ることは、将来に向けた重要な投資になるに違いない。
とはいえ、矛盾するようだが、自分はもう若手の世代ではなく、どこかで昔ながらの不動産現場の熱量も愛している。店舗内の部活のようなノリ、繁忙期の喧騒、終電間際まで続く雑談と作戦会議。そうした文化は昭和から平成にかけて受け継がれてきた不動産業界の“味”だった。しかし時代が変わるということは、こうした風景もまた過去のものになっていくということだ。それを寂しく感じつつも、業界が健全に進化していくためには必要な過程だと理解している。
最後に、不動産会社の皆様へ。もし経営課題、人材育成、組織体制、業務フロー、オーナー対応、管理運営などでお困りのことがあれば、遠慮なく声をかけていただきたい。私自身、この4年半で業界の変化と真正面から向き合い、現場の課題と向き合い続けてきた。その経験が、皆様のお役に立てることがあれば嬉しい限りだ。
この連載を通じて得られたものは数え切れない。業界の課題を可能な限り言葉にし、読者の皆様と共有してきた時間は、私にとって何より貴重な財産だ。一つひとつの記事に込めた思いが、誰かの現場での気づきや行動の後押しになっていたのであれば、それ以上の喜びはない。
4年半、全77本。長いようであっという間だった。ここまで支えてくださったすべての方に、改めて心より感謝申し上げたい。本当にありがとうございました!

