リアル接客が減っても、クロージング力は死なない

賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます。

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近年、不動産仲介の営業現場では、ユーザーと営業担当者がリアルに対面で会話する機会が著しく減少している。これは単なる偶然ではなく、ユーザーの行動変容とテクノロジーの進化がもたらした必然的な変化だ。従来、不動産仲介といえば、まずは店舗への来店や電話問い合わせから始まり、営業担当者が丁寧に要望をヒアリングした上で物件を提案し、店舗や社用車で内見に同行するという流れが定番だった。その中で営業担当者は、ユーザーとの信頼関係を築き、表情や語気から本音を探りながら、最終的な意思決定を後押しするクロージングの技術を磨いてきた。
ところが、近年ではこの一連のプロセスが劇的に変化している。最も顕著なのは「現地待ち合わせ型」の内見スタイルが主流になったことだ。ポータルサイトで物件を検索し、気になる部屋があれば問い合わせフォームから希望日時を伝え、営業担当者とは一度も顔を合わせずに現地で落ち合う。挨拶もそこそこに、すぐに内見が始まり、物件の印象だけで契約の可否が判断されてしまう。このような流れでは、営業担当者が自身の人間性や営業力を発揮する機会が極端に少なくなってしまう。
それに拍車をかけているのが、チャットツールの浸透である。LINEやSMS、あるいはメールなどを活用したコミュニケーションが一般化し、問い合わせから内見、さらには申し込みの手続きまでもがすべて非対面で完了してしまうケースが珍しくない。営業側としても、手軽に複数のユーザーと同時並行でやりとりできる利便性は高い。とくに繁忙期においては、電話対応や来店接客に比べて大幅な業務効率の向上が見込まれる。だが、その利便性と引き換えに「人と人との関係性を築く場」が大きく削ぎ落とされているのもまた事実だ。
かつての営業現場では、定期的にロールプレイや接客研修が実施され、営業メンバーはユーザーに対する話し方、言葉の選び方、クロージングへの導き方といったスキルを磨くことに重きを置いていた。顧客対応力は営業メンバーとしての評価を左右する重要な要素であり、「この人に任せたい」と思わせるための対人能力の強化は、会社全体の成約率にも直結する戦略的課題だった。しかし、今やその「会話」自体が減り、営業担当者が「営業力」を発揮できる場面は確実に減ってきている。
にもかかわらず、いまもなお現場では「クロージングがうまくいかない」「あと一歩のところで失注してしまう」といった悩みを個人に多く耳にする。実際のところ、営業現場において、ユーザーと会話する機会は減っても、最終的なリアルコミュニケーションは残っている。もしかしたら、昨今は営業担当者がユーザーとのリアルな接点を持てる場が限られる一方で、限られた時間でいかにユーザーの不安を解消し、信頼を得て、最終的な契約意思に導くかという「短時間クロージング力」が問われているのかもしれない。従来のように、何度も面談して関係性を築いていく手法はもはや時代にそぐわない。したがって、わずかな接触の中で相手の本音を読み取り、心理的な壁を突破していく営業技術が求められている。
一方、AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の導入により、物件提案の自動化、顧客管理、追客スケジュールの自動送信といった業務はすでに多くの仲介会社で導入され始めている。ユーザーの検索履歴や希望条件に基づき、最適な物件を自動でマッチングし、チャットボットが問い合わせ対応を担う時代はすでに到来している。今後は、これらの業務の多くがAIに置き換わることは間違いないだろう。
だが、ユーザーが「この部屋に住もう」と本気で決断する瞬間には、やはり「人間の言葉」が必要になる。AIが提示するデータや条件だけでは決めきれない、感情的な部分、たとえば「ここに住んだら、こんな生活ができそうだ」といった想像や、「この営業のかたが言うなら間違いなさそうだ」といった安心感こそが、契約を左右する最後の一押しになる。これは、どれだけ技術が進化しても人間でなければ担えない領域だ。
そのため、今後の営業担当者には「テクノロジーを使いこなす力」と「人間として信頼を得る力」の両方が求められる。チャットや動画、MAツールなどの活用によって情報提供や提案は効率化できる。しかし、リアルに会う場面では、相手の表情、沈黙、トーンの揺れといった「非言語のサイン」を読み取り、こちらの言葉を最適化していく必要がある。その瞬発力や対話力は、依然として営業現場での最重要スキルだ。
これからの仲介営業は、単なる物件紹介役ではなく、ユーザーの「決断」を支えるコンサルタント的存在としての立ち位置を強めていくべきかもしれない。そのためには、リアルなコミュニケーションの場が減っているからこそ、一つひとつの接点の質を高め、印象に残る対応を心がけることが何よりも重要になる。ユーザーにとって「この営業担当者となら契約してもいい」と思わせる瞬間をいかに創出できるか。それが、これからの営業担当者にとって最も価値のあるスキルとなる。
人と人との会話が減りゆく時代だからこそ、リアルな説得力を持つ営業担当者は、ますます重宝される存在になるだろう。技術の進化に流されることなく、人間としての本質的な価値を問い直すことこそが、これからの仲介営業の本質であり、成長戦略の鍵を握るのだ。