賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます。

QBハウス

画像=PIXTA

先日、髪を切る時間がなくて、急遽QBハウスに飛び込んだ。人生で初めての体験だったが、その瞬間から既に面白い発見があった。入口でチケットを買い、10分カットというわかりやすいサービス設計に従って椅子に座る。待ち時間も最小限で、スタッフはマニュアル化された動作を無駄なく繰り返す。カット後は掃除機のような器具で髪を吸い取り、鏡で仕上がりを確認し、あっという間に店を後にした。1,400円という価格(2025年現在)、10分というスピード、そして均一化されたクオリティ。この組み合わせが、まさに「究極のオペレーション」だと実感させられた瞬間だった。

考えてみれば、QBハウスは美容業界における革命児だ。(今更ながらですみません)従来の美容室は、予約制で1時間以上かけ、カットに加えてシャンプーや会話などの付加価値を提供してきた。しかしQBハウスはその前提を覆した。「カットだけ」という本質を抽出し、それ以外を徹底的に削ぎ落とした。予約不要、低価格、標準化、回転率。利用者にとっての「時間とコストの最適化」にフォーカスした結果、従来の常識を大きく揺さぶった。これは単なる美容サービスではなく、「オペレーションモデルの革新」そのものだと思う。

この体験を経て、なんとなく自分が接している不動産仲介業に頭が切り替わった。確かに仲介業でも、近年オペレーションの構築が進んでいる。営業管理システム、内見予約のオンライン化、物件写真やVR内見の標準化。スタッフごとの属人性を減らし、一定水準のサービスを誰でも提供できるように仕組み化が進められている。しかし、正直に言えばQBハウスほどの「革新性」には達していない。どの会社もある程度同じようなITツールを導入し、フローを効率化しているに過ぎない。そこには業界の慣習や顧客の期待に縛られた「漸進的な改善」が多く、抜本的な転換はまだ少ない。

では、不動産賃貸業でQBハウス並みの究極のオペレーションを構築できるのか。答えは「可能性は十分にある」だ。例えば入居申込から契約までのプロセスを考えてみる。今は多くの場面で紙書類や印鑑が残っているが、本質的には「本人確認」「与信判断」「契約締結」さえできればよい。ここに電子契約、マイナンバーカード連携、即時審査システムを組み合わせれば、契約は10分で完了するかもしれない。まさに「10分契約」だ。入居希望者にとっては大きなストレス軽減になり、管理会社にとっても業務コストを劇的に下げられる(勿論、こうした取り組みを推進するためには、法律の壁も超えなければいけない。現在は宅地建物取引業法で業務革新の制約がかかってしまう部分も多数ある)。

さらに内見においても同様だ。現在はスタッフが同行し、説明をするのが一般的だが、本質は「物件の確認」と「納得」だけでよい。スマートロックと本人認証を活用すれば、顧客は無人で内見できる。そこにAIチャットボットが物件説明や近隣情報を提供すれば、人員を割かずとも必要十分な体験を提供できる。これもまた「究極の効率化」につながる。

もちろん賃貸業は美容室よりも変数が多い。物件ごとにオーナーが異なり、契約条件も多様で、顧客属性も幅広い。だからこそ一律の標準化が難しいという現実はある。しかし逆に言えば、そこにこそ大きな革新の余地がある。もし「標準化可能な部分」と「カスタマイズが必要な部分」を峻別し、前者を徹底的に機械化・オペレーション化できれば、残された付加価値部分にリソースを集中できる。QBハウスが「カットだけ」に絞ったように、不動産賃貸業も「必ず人が介在しなければならない領域」と「システムで自動化できる領域」を分けることが重要だ。

また賃貸管理業でも更なる効率化が可能である。具体例としては、入居後の問い合わせ対応もそうだ。現在は電話や来店での対応が多く、スタッフが一件一件対応している。しかし実際に多いのは「鍵を失くした」「設備の不具合」「契約内容の確認」といった定型的なものだ。これらはAIとチャット対応で十分処理できる領域だろう。実際、金融機関や通信会社は既に大半をチャットボットに置き換えている。もし賃貸管理会社もこの発想を徹底できれば、スタッフは「人にしかできない対応」に集中できる。顧客満足度を保ちながら効率を極限まで高められるはずだ(ちなみに現在は、大手管理会社を中心にこうした取り組みは進められているが、中小規模の管理会社でも十分導入できる余地はある)。

結局のところ、QBハウスの革新は「顧客が本当に求めているコア価値を抽出し、それ以外を徹底的に削ぎ落とす」ことのように感じる。せっかくなので、不動産賃貸業も同じ問いを立ててみても良いだろう。「顧客が賃貸において本当に求めているものは何か」。住む場所の確保と安心、スピードと透明性、そして適正なコスト。この3つがコアだとすれば、それを実現するためのオペレーションを組み立て直すことができるはずだ。既存の慣習に縛られず、「究極の標準化」と「最小限の人間的介入」を目指すことで、賃貸業もまたQBハウスのように革新の象徴となれるかもしれない。

QBハウスでの10分間は、単なる散髪以上の気づきを与えてくれた。徹底的に練られたオペレーションは、一見当たり前のように見えるが、そこには深い哲学と大胆な割り切りがある。不動産賃貸業が本気でこれを学び、自らに応用できたとき、業界は大きく変わるに違いない。顧客はもっと手軽に、もっと透明な条件で部屋を借りられるようになり、事業者は生産性を飛躍的に高めることができる。そう考えると、QBハウスの椅子に座ったあの10分こそ、賃貸業の未来を考える上で非常に示唆的な体験だったのだと思う。

 

 
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