賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます。

「静かに進む変化」外国人と賃貸住宅の現場

画像=PIXTA

最近の日本社会を見渡すと、社会情勢の変化に伴い、外国人の存在感は確実に高まっている。都市部の街を歩けば、多様な国籍の人々が行き交い、飲食店やコンビニエンスストアなどで働く姿も日常風景の一部になった。賃貸住宅市場においてもこの傾向は顕著であり、外国人入居者の割合は年々増加している。少子高齢化が進むなかで、日本人だけでは担いきれなくなった労働力を補う形で外国人が生活基盤を築き始めていることは間違いない。だが、外国人入居の増加を単純に歓迎するのでも、排除すべきと断じるのでもなく、その実態を冷静に見つめ、現場で生じている課題と将来の選択肢を考えることが重要である。実際、ニュース等で語られている外国人入居の問題は、氷山の一角だ。今回は、賃貸業界の現場目線で実際、起きていることを少し紹介してみたい。

まず、現場で頻発しているのは生活習慣の違いから生じる摩擦である。日本の賃貸住宅では、地域ごとに細かいゴミ出しルールが存在し、曜日や時間、分別方法に至るまで厳格に決められている。これは日本社会の「秩序」を象徴する仕組みともいえるが、外国人にとっては理解が難しい。とりわけ日本語を十分に習得していない人にとって、ルールを文字情報だけで把握するのは困難だ。結果として、収集日以外にゴミが出される、分別が適切でないといった問題が起こり、近隣住民からの不満や苦情につながる。こうした問題は決して悪意から生じるものではなく、多くの場合は文化的背景や制度の理解不足に起因している。しかし、地域社会の目からすれば「マナーを守らない人」という評価になりやすく、摩擦は蓄積されていく。

騒音や異臭の問題も少なくない。日本の集合住宅は、必ずしも防音や換気に優れた構造ばかりではなく、生活音や料理の匂いが共有スペースや隣室に広がりやすい環境にある。外国人入居者が母国の習慣に基づいて夜遅くに友人を招き、賑やかに会話したり食事をしたりすれば、周囲には「深夜の騒音」として受け止められる。また、香辛料を多く用いた料理の匂いが廊下や共用部に広がれば、慣れない住人にとっては不快感を抱く要因となる。これらは文化の違いそのものであり、単にルールを守るかどうかという問題ではなく、価値観の差異が生活空間で直接的に衝突してしまう現象である。ここにこそ、現場の難しさがある。

さらに、緊急時や退去時における課題も深刻だ。火災や水漏れといった緊急事態が発生した際、日本語での迅速な連絡ができずに対応が遅れる場合がある。これは入居者本人にとっても不利益であるが、建物全体に被害が及ぶ可能性がある点で周囲の住人にとっても大きなリスクになる。また、退去に際しては急な帰国や在留資格の変更により、連絡が途絶え、残置物が放置されたままになるケースも見られる。こうした場合、処分費用や手続きの手間は管理会社やオーナーに重くのしかかる。経営的な負担はもちろんのこと、心理的にも「外国人はリスクが大きいのではないか」という印象が強まってしまう。

このようなリスクを軽減するために、保証会社の役割が注目されている。特に外国人対応を強化している保証会社は、家賃滞納への備えや緊急時の通訳サポートなどを提供し、オーナーの安心材料となっている。しかし、それでも保証会社が解決できるのは金銭面や契約面に関わる部分が中心であり、生活習慣の違いから生じる摩擦や近隣トラブルにまでは十分に対応できない。制度面の補強は不可欠であるが、それだけでは課題を解決しきれないという現実が残る。

オーナーや管理会社の姿勢も複雑だ。現代社会では「外国人お断り」と明確に打ち出すことは差別と受け止められる可能性が高く、公開の場で掲げるのは難しい。しかし実際には、入居審査を厳格化することで実質的に選別を行っているケースがある。日本語力、勤務先の安定性、滞在期間の確実性などを細かく確認し、リスクを回避する。このように、表面上の受け入れ姿勢と水面下の慎重な対応が併存しているのが現場の実態である。

将来を見据えたとき、外国人入居者の増加がさらに進むのか、それとも一定の制約や調整を伴うのかは、社会の選択に委ねられている。人口減少や労働力不足を背景に外国人居住者をより積極的に受け入れる方向もあり得るし、逆に社会的摩擦を抑えるために制限を強める方向に動く可能性もある。ここで重要なのは、「受け入れるべきか、拒むべきか」という二項対立ではなく、どの方向に進むとしても現場で発生する課題にどう対応するかである。制度や契約の枠組みを見直し、トラブル発生時の対応ルートを明確化し、地域住民との橋渡しを行うことが求められている。

外国人入居をめぐる問題は、単なる賃貸経営のリスク管理にとどまらない。そこには、地域社会のあり方や日本全体の将来像が投影されている。多文化共生を掲げるのか、一定の規制を設けて調和を保つのか、その方向性は社会全体の議論や政策判断によって形作られる。不動産業界はその影響を最も身近に受ける立場にある以上、冷静に状況を見極め、柔軟に対応する姿勢が不可欠だ。

日本の賃貸住宅市場はいま、静かに転換点に差しかかっている。外国人入居の増加は事実として進行しており、その影響は都心部のみならず地方都市にも広がりつつある。摩擦やトラブルを軽視することはできないが、それを理由に一律の排除に傾けば、結果的に市場の硬直化や空室リスクの増大につながるかもしれない。逆に、受け入れを無条件に拡大すれば、地域社会の不満や不安を増幅させる恐れがある。重要なのは、現実を直視し、課題と向き合いながら社会としての選択をしていくことだ。

ゴミ出しのルールや騒音、異臭といった生活の些細な問題は、文化の違いを映し出す小さな鏡である。同時に、それは社会全体の課題を象徴するものでもある。外国人入居をめぐる出来事を単なるトラブルとして片付けるのではなく、その背後にある背景や要因を理解する姿勢こそが、日本社会の将来にとって不可欠だろう。いま求められているのは、冷静に現実を把握し、住宅という最も身近な生活空間から、日本社会がどのような方向に進むのかを考える視点なのだ。

 
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