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ロックと不動産は似ている。渋谷陽一から受けたもう一つの影響

画像=PIXTA

現在、自分は月に何本か連載を持っていて、記事を書く仕事をしている。数だけ見れば決して多いわけではないが、それでも定期的に文章を書く機会があるという点で、ライターという職業の周辺にはいると言っていいと思っている。ただ、だからといって、自分が胸を張って「自分はライターです」と名乗るには、どこかためらいがある。

というのも、そもそも自分は「ライティング」を専門的に学んだことがない。スクールに通ったこともなければ、誰かから直接技術を教わったこともない。文体や構成について本格的に研究したこともないし、基本的には全て独学、それも「好きだから書いてきた」というだけの話だ。加えて、学生時代にも文章が得意だったわけではない。むしろ、国語の成績は並以下だったし、読書感想文も適当に済ませていたような記憶しかない。

そんな自分が、文章の世界(端っこのさらに端)に入り、今もなお書き続けていられるのは、一人の人物の存在があったからだ。その人物こそが、最近、残念ながらお亡くなりになられた音楽評論家でありロッキング・オンの創業者である渋谷陽一という人間である。彼は、1970年代から現在に至るまで、長く音楽メディアの最前線にいた人物で、洋楽ロックの評論を中心に、音楽雑誌の編集や出版、さらには音楽フェスの主催まで、幅広い活動をしてきた。

とくに40代以上の洋楽好きにとって、渋谷陽一という名前は、単なる評論家ではなく「時代そのもの」を象徴するような存在だったと思う。一方で、若い世代の中には、「ロック・イン・ジャパン・フェスティバルの人」として彼を知っている人も多いかもしれない。音楽業界の外側から見ると、渋谷陽一は「ちょっと変わった社長」という印象すらあるかもしれない。

自分が彼の文章に初めてきちんと触れたのは、1996年に出版された評論集『ロックはどうして時代から逃れられないのか』を読んだときだった。当時、浪人生だった自分は、日々の勉強と漠然とした将来への不安のなかで、この一冊に出会った。書店でたまたま見かけて手に取ったその分厚い本は、今思えば、人生を変える一冊だったと言っても過言ではない。

この本は、渋谷が80年代から90年代にかけて書いた記事やあとがきを中心に構成されていて、一貫性のあるテーマがあるわけではない。収録されている文章のジャンルもさまざまで、アルバムのライナーノーツ、ライブレビュー、雑誌のエッセイ、批評文など、どれも形式も内容もばらばらだ。しかし、そういった「まとまりのなさ」が、逆にリアルだった。生々しくて、ざらついていて、それでもどこかに強い一貫性を感じさせる―そんな不思議な読後感があった。

当時の自分はお金もなく、他に買える本も少なかったため、この一冊を繰り返し、何度も何度も読み込んだ。ページの角が折れ、紙が擦り切れるほどまで読み込んだ。そうして、気がつけば、彼の書き方や文章の温度感が、自分の中にしみ込んでいた。論理展開のしかた、比喩の使い方、そして何より「何をどうして書くのか」という問いへの向き合い方を、彼の文章から学んだ。

しかし、大人になって社会に出て、特に不動産業界で働くようになってから、自分が渋谷陽一から受けた影響が、ライティングの技法だけにとどまらなかったことに気づきはじめた。むしろ、彼の文章の背後にある思想やスタンス「何のために表現をするのか」「自分の中の切迫した思いをどう言語化するのか」といった部分に、より強く惹かれていたことに気づいたのだ。

渋谷陽一の文章には、ある種の「モヤモヤ」を抱える者だけが発せられる切迫感がある。それは「何かを言わなければいけない」という衝動にも近い。彼が繰り返していたメッセージは、「自分と社会、あるいは時代との摩擦のなかで生じた葛藤を表現し、それが他者に共感されてこそ、それは優れたポップミュージックとなる」という信念だった。

この考え方は、音楽だけでなく、あらゆる表現行為、さらにはビジネスにすら当てはまる。どれだけ強い思いを持っていたとしても、それが適切に表現され、他者に届かなければ、単なる独り言で終わってしまう。しかし、言葉や行動が「社会との接点」を持ったとき、そこには共感が生まれ、支持が生まれ、結果として価値が生まれる。

実際に、自分が出会ってきた優れた不動産会社の経営者たちは、皆例外なく何らかの「切迫感」を抱えていた。業界への問題意識、社会への不信、もっと良い暮らしを実現したいという熱い思い―それぞれが異なる背景を持ちながらも、その根底には共通して「何かを変えたい」という強い欲求があった。

そして、そうした思いは、ただの理想論では終わらず、実際に価値ある建物や不動産プロジェクトとして形になっていく。必要とされる場所に、必要な機能を持つ建物をつくる。空間に物語を吹き込み、人々の暮らしを変える―それが本当に価値ある仕事であり、そこには確かに渋谷陽一の言う「切迫感と共感」の構造が存在している。

自分なりにこの構造を言語化すると、「業界や社会、時代との摩擦から生まれた切迫した感情や問題意識を表現として昇華し、それが世の中に受け入れられたとき、それは優れた事業となる」と言える。これは音楽でも、不動産でも、創造的な活動に共通する根本原理だと感じている。

今もなお、自分が文章を書くとき、あるいは企画を考えるとき、事業を評価するとき、その考え方が心の奥底に息づいている。つまり、渋谷陽一から受けた影響とは、単なる文章の技法や構成力ではなく、「生き方」や「表現に対する覚悟」といった、もっと根源的なものだったのだ。

 
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