「良い土地とは?」映画・ミナリは不動産開発のストーリーだ

 

 

 

画像=写真AC

 

 

―良い土地とは、どんな土地か?

そう訪ねられたら、あなたはどう答えるだろうか。

「それはあれだよ、昔から駅前一等地と言うくらいでさ。オフィスやマンションに使える土地だろう」
「だけど、高級住宅地ってのは駅から一定の距離があってさ、だいたいが高台にあるよね。地盤なんかもそっちの方が良くてさ、災害にも強いわけだろう」
「そうだね、車社会のアメリカなんかでは駅が近くにあると治安が悪くなるって、嫌うらしいしな」

不動産に関わる人ならば、一度はこんな会話をしたのではないだろうか。

ある不動産会社の創業者はこの質問にこう答えたという。
「良い土地とは米や麦がとれる土地です」
食糧難の時代を生き抜いた戦中派らしい答えだと思った。

昨年のアカデミー賞にノミネートされた映画「ミナリ」をみた。
農業をするために韓国からアメリカのアーカンソー州に移り住んできた親子の生活が、末っ子である男の子の目線で描かれる。
この一家の父親が典型的なドリーマーで、広大なアメリカの土地で巨大農園を夢見て奮闘する

映画ではこの一家を様々な困難が、これでもかと言わんばかりに何度も、何度も襲ってくる。その度に強い絆で結ばれた家族は立ち向かっていく、わけではなく、ほぼ全編にわたりケンカが続く。

大自然にロマンを抱く父親に振り回され続ける家族。日本の名作ドラマ「北の国から」を思い出した人も少なくないだろう。

しかし、私が思い出したのは本田靖春さんの著書「村が消えた」(講談社文庫・絶版)である。青森下北半島・むつ小川原地区に生きる人々を、描いたノンフィクションである。
満州への移民と、死と隣り合わせの引揚げ。赤貧洗うが如しの開墾と原子力施設開発による離村。戦中、戦後、高度経済成長期と、現代史のいたるページで割を食ってきた、地域の人々と著者が10年に及ぶ取材を経て、書き上げたものである。

この本に出てくる人々は満州で農業に励むが、敗戦によって、むつ小川原地区の開墾者となるのだが、凍てつく異国の地である満州よりも、痩せた土地しかない青森での開墾の方が辛く、悲惨さが漂っている。

農業は割に合わない。どんなに努力しても、天候次第で労に報われぬ結果が突きつけられる。ましてや、農業に適さない、痩せた土地を開墾することは、むつ小川原地区の人々のように、他に手がなく仕方なくやる行為のように思う。

相続対策として、需要がそう多くはなさそうな農村部に賃貸住宅を建てる人は多く、サブリース賃料の減額とあいまって度々、社会問題化する。

都市部に住む多くの人は、「そんな田舎にアパートを建てたって、埋まるわけがない。そうまでして、土地を守ってどうするの?」といった主旨の感慨を持つ。曰く、合理的ではないというわけだ。

しかし、ミナリに出てくる父親のように、農地の開拓は往々にして、非合理的な判断によって始まったものも少なくないのではないだろうか。我々は、もうすっかり忘れてしまっているが、盛り土、切り土などの農地改良や治水によって、使えない土地を、なんとか「米や麦がとれる」ような、よい土地にしてきた歴史がある。

祖先が非合理的な賭けに勝って、手にした農地ならば、何としてでも守ろうとすることもわかる気がするのだ。

巨大なビルや公共施設を作ることばかりが、不動産開発ではない。

(文・小野悠史)

 
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