2017年5月に、歌舞伎俳優の中村獅童さんが自身のがんを告白し、6月・7月に公演予定だった舞台を休演した。中村さんは44歳、まだまだ若く、働き盛りの年齢だ。全国健康保険組合によると、日本人の2人に1人ががんに罹り、3人に1人はがんで亡くなっている。「もし、自分ががんになったら…」この報道を見てそう思った人もいるかもしれない。では、がんに罹った際、住宅ローンはどうなるのだろうか。住宅ローンの契約時に加入する団体信用生命保険(団信)は、契約者の死亡だけではなく、がんの疾患によっても適用されるものがあるという。住宅ローンに詳しいFP OFFICE 海援隊 重定賢治代表に聞いた(リビンマガジンBiz編集部)。

(画像=写真AC)


団体信用生命保険(団信)とは

マイホームを購入するとき、一般的に住宅ローンを組みます。
銀行にとっては住宅ローンを組んだ後にその契約者が亡くなると、どうやって貸した金を返してもらおうかという話になります。
もし返してもらえなくなると銀行は大損です。だから、銀行各社は生命保険会社と協力して、住宅ローンの契約者が死亡・高度障害になり返済不能に陥った場合でも、貸した金が返ってくる保険を扱っています。
別の言い方をすると、住宅ローンの契約者が死亡・高度障害になった場合、残りの返済金額を保険金で支払うための保険。これが「団体信用生命保険(以下、団信)」です。

団信には、大きく分けて2種類あります。
団体信用生命保険(団信)… 各銀行独自の住宅ローン商品に対して準備されています。
機構団体信用生命保険(機構団信)… フラット35に対して準備されています。

①の団信は銀行各社が用意しているもの、②の機構団信は住宅金融支援機構によるものです。
正直、どちらもさほど変わりませんが、特筆すべきは銀行の団信は“強制”加入、機構団信は“任意”加入、という点です。

目的が異なる2つの団信

銀行の団信は、一部の銀行を除き、住宅ローンを借りる際の必須条件となっています。
住宅ローンの申込時に団信への加入も案内され、保険料はしっかり月々の金額に加算されています。
団信の保険料は銀行が払ってくれているのではなく、あくまでも住宅ローンの契約者が払うものなんですね。

一方、機構団信では、加入は任意となっています。住宅ローンといえども、契約者個人が借りたお金を返すことができればいいので、生命保険に加入しなければならない法律的な強制力はありません。
そりゃ、そうですよね。契約者が亡くならずに住宅ローンを完済するケースの方が多いわけですから、何事もなければ、結果的に団信の保険料は無駄になります。入る、入らないは、住宅ローンの契約者が自由に選べて当たり前です。
そこで、住宅金融支援機構では、住宅ローンの契約者に万一のことが起こり、遺族の生活が苦しくならないようにするための救済措置として「団信に入ることができます」という選択肢を設けているのです。

銀行も住宅金融支援機構も「団信」という意味では同じことをやっていても、目的が違うんですね。
銀行はあくまでも「貸付金の確実な回収方法」として、機構は「遺族に対する救済措置」として、それぞれの団信を準備しています。
参考までに、住宅金融支援機構の団信では、平成27年3月31日時点での加入者数は約150万人、平成26年度の支払い件数は9,508件でした。加入者のうち160人に1人という割合で機構団信による救済を受けている計算です。

がんにかかった場合、住宅ローンはどうなるの?

団信は、以前まで銀行の窓口では販売されていませんでした。
2001年4月に解禁された銀行窓販を受け、団信は住宅ローンを借り入れる人にとってより身近な存在になりました。その後、2006年(平成18年)にがん対策基本法が施行され、がん検診やがん治療に対する認知度が広がっていく中で、がんのリスクに備える必要性が高まりました。そういった背景から、住宅ローンの契約者ががんに罹患した場合でも、それまでの団信と同様保険金を使い、ローンの残債を返済することができる団信が開発されました。
これが三大疾病保障特約付団体信用生命保険(以下、三大疾病付団信)と呼ばれるものです。
三大疾病とは、①がん、②急性心筋梗塞、③脳卒中のことですが、三大疾病付団信では、死亡・高度障害に加え、これら3つの病気にかかった場合でも住宅ローンが全額返済されます。

冒頭の中村獅童さんのように若くしてがんに罹った、というニュースが近年目立つようになりました。多くの保険会社で販売されているがん保険の加入者数が増えてきたことも併せて考えると、がんに罹った場合も保障される団信へのニーズは今後も高まるでしょう。

ここで少し、がんに罹った場合の保険金の支払い要件を確認しておきます。
〔三大疾病付団信 がんに罹患した場合の保険金支払い要件〕
①医師により、所定のがんと診断が確定されたときに保険金が支払われる。
②がんとは、“悪性新生物”のことであり、“上皮内がん”や“悪性黒色腫以外の皮膚がん”は含まれない。

現在販売されている一般的ながん保険では、がんに罹った場合、悪性新生物でも上皮内がんでも給付金は支払われます。しかし、団信のように死亡・高度障害保険に特約として三大疾病の保障が付いているような保険の場合、通常、このような支払い要件になっているのでご注意ください。

 中村獅童さんの場合、肺がんと医師に診断されたそうですが、肺がんでも、その進行度合いによって保険金が支払われるかどうか判断が異なります。
 上述のように悪性の場合、浸潤していない状態であれば保険金が支払われない可能性があります。三大疾病付団信に加入する際は、事前にどのような場合に保険金が支払われるのか、しっかりと確認するようにしましょう。

 また、団信とひとくくりに言っても、上述した団信以外に、「七大疾病特約付団信」や「八大疾病特約付団信」、健康上の理由で加入できない人向けに準備されている「ワイド団信」、夫婦で住宅ローンを契約している方向けの「夫婦連世団信」など、さまざまな種類の団信が販売されています。
 ライフスタイルや住宅ローンの契約方法に照らし合わせながら、ご家族に合った団信を選ぶようにしましょう。

(画像=写真AC)

団信に入ったら、それまでの保険は見直すべき?

住宅ローンの契約者にとって三大疾病付団信に加入する目的は、契約者ががんに罹った場合、働けなくなる(収入の減少)、家族のライフスタイルが変わる(子どもの教育環境や配偶者の就労状況など)ことです。その後の住宅ローンの返済がライフプランや家計に大きな影響を及ぼし、家族の生活が苦しくなることを避けることが目的です。

このようなことから、すでに入っている保険を見直し、保障が重複しないようにしましょうと言われます。でも、三大疾病付団信に入ったからといって、必ずしも保険を見直す必要があるのかというと、実はそうでもありません。

30代の子育て世帯、
夫:会社員
妻:パート
子ども:幼児と乳児
住宅ローンの月々の返済額:7万円
といった家族のケースで考えてみましょう。

一般的に、病気やケガの保障「医療保険」、世帯主に万一のことがあった場合に備える「収入保障保険(死亡・高度障害保険)」は最低限準備している方が多いと思います。
これらの保険に加えて、がんに罹った場合の治療費の補てんや経済的な負担を和らげるために「がん保険」に入ったりします。

〔入っている保険(例)〕
①医療保険(病気やケガの保障):入院給付金日額1万円
②収入保障保険(遺族の生活保障):基準年金額20万円
③がん保険(がんへの保障):診断給付金100万円

これらに加え、住宅ローンを組むことで三大疾病付団信に加入するとします。
重複している保障内容は、
①医療保険のうち、入院や手術、通院などの給付金
②収入保障保険における死亡・高度障害保険金
③がん保険における、がん診断給付金や入院、手術、通院などの給付金
の3種類です。

重複と言っても、保障が重複しているから「その部分は支払われません」という意味ではなく、これらについては要件に合致すればすべて保険金・給付金が支払われます。

では、なぜ、重複を避けましょうと言われるのでしょうか。それは、本当に必要な保障(家族にとって必要な保障額)かどうかをしっかりと計算し、チェックする必要があるからです。

先のケースの場合、住宅ローンの返済額が月7万円。三大疾病付団信に加入しているので、死亡・高度障害や三大疾病に罹った場合、その後の残債は0円になります。つまり、夫(住宅ローンの契約者)が死亡した場合、残債が0円になることで遺族に必要な生活費が毎月7万円浮くということになります。

確かに言われてみれば「そうだな」と思います。
収入保障保険で設定している毎月20万円の基準年金額。これは、世帯主が亡くなった場合、遺された家族が生活するのに必要と判断された月々の生活費の金額です。住宅ローンの月々の返済額7万円をこの金額から差し引き、三大疾病付団信に加入したので、本当は13万円で毎月暮らしていける計算になる…。
それに、遺族厚生年金もあるし、妻が正社員などで働き、もっとお給料がもらえるようになれば収入面はそれほど心配ない…。こんなふうに思ってしまいます。

でも実際は、そんな簡単な計算でライフプランは成り立ちませんよね。
当たり前のことですが、お子さん2人のこれからの養育・教育・進学資金、夫が亡くなった後のマイホームのメンテナンス費用や火災保険・地震保険料、固定資産税などの住宅関連支出。食費を始め、お子さんが成長するにつれ増えていく毎月の固定費。老後の生活のために貯めていかなければならないお金など、基本的には、夫と死別した後、長期的に必要になってくる妻と子の生活費について、トータルで考えていく必要があります。
つまり、現実的な「収入」と「支出」がどのようになるのかを将来のキャッシュフローにもとづきしっかりとシミュレーションしなければいけません。団信に加入したからといって保険を見直すべきかどうかの判断はつかないということです。

まとめ

戦後、日本は国策として勤労者の所得を増やし、生活を豊かにし、マイホームが買え、老後は安心して暮らせるという国民的なライフプラン(人生設計)モデルを構築してきました。
しかし、バブルが崩壊し、失われた20年が過ぎた今、今度は2020年に向け、国民の住まいについての考え方を見直すために新たな政策を打ち出しています。

マイホームについて考えることは、自分や家族の人生について想像することでもあります。今回は、「住宅ローン」と「団信」、「がん」、「保険の見直し」について解説してきましたが、これら4つに共通する核となる部分は「生き方をどう考えるか」ということです。
中村獅童さんのニュースは、私自身、同年代ということもあり、また好きな俳優のひとりなので少し気になっていましたが、がんを通して見えるもの、つまり、その後の生き方を考えるうえで良いきっかけになった気がします。

 
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