不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考える。
今回は、スマートホーム事業のコンサルティングなどを提供する、X-HEMISTRY(ケミストリー:東京都豊島区)・CEOの新貝文将氏に話を聞いた。(リビンマガジンBiz編集部)

X-HEMISTRY・CEO 新貝文将氏 撮影=取材班
――まず、X-HEMISTRY社の事業について教えてください。
一言で表現するのは難しいのですが、業種で言うとコンサルティングです。ただし、従来のコンサルティング会社とは大きく異なります。社内説明向けの資料制作よりも、現場に近いところで実質的に事業の立案、推進、そして実際に事業を立ち上げるための伴走活動を得意としています。
クライアント企業のスマートホームやIoTプロジェクトのメンバーとなり、一緒に事業を推進するスマートホームのプロ集団です。我々の売り物は専門知識、業界知識、そして経験。顧客にはスマートホームの事業検討や推進の時間を買っていただくイメージです。
――サービス提供の具体的な流れを教えてください。
大きく3つのステップで進めています。まず最初がエデュケーション(教育)です。スマートホームは教科書が存在しないテクノロジーです。Amazonで調べても書籍がほとんどありません。例えば生成AIなどは話題になるとすぐに本が出ますが、スマートホームにはないんです。
当社のエデュケーションには、スマートホームの事業モデルやビジネスについて学んでいただくことに加え、通信規格「Matter(※)」の解説など技術面も含まれます。最近は「スマートホーム2.0」と言える時代に向かい始めていて、事業者メリットももちろんありますが、ユーザー体験を高める技術が進化しています。 MatterやAIをはじめとして、スマートホームを新しいステージに進化させるいくつかのテクノロジーが実用化に向かっています。それらが成熟すると、スマートホームが次の段階に進むのです。
※注=AppleやGoogle、Amazonなども加盟する Connectivity Standards Alliance (CSA)が2022年にリリースしたスマートホーム・IoT共通のグローバル標準規格。matter規格対応製品同士であれば、他社メーカー製品でも相互接続が可能。
技術面とビジネス面をレクチャーせずに事業企画の検討支援に入ると、話が噛み合いません。エデュケーションでお客様の知識レベルを引き上げ、そこから同じ目線で企画検討やPoC(概念実証)を実施します。多くのコンサルはここで終わりますが、我々は事業立ち上げまでお手伝いし、その先の保守やマーケティング設計を含む運用部分のアドバイスも行っています。

撮影=取材班
――どのような業種からの相談が多いのでしょうか。
クライアントは多岐にわたります。スマートホームは変わったテクノロジーで、例えばAIのような事業に参入するならIT企業しか難しいですが、スマートホームはさまざまな業種が参入してきます。
そもそも海外でのスマートホーム黎明期、スマートホームセキュリティ分野には警備会社と通信会社が参入しました。設置設定サービスやプライベートブランドを持つ量販店 、損保、エネルギー会社、住宅系、家電メーカーなど、あらゆる顧客接点がある業種がスマートホームに参入しています。
共通点は、各社がスマートホームから顧客の生活データを活用したいと考えていることです。
例えば損保会社。日本でも海外でも漏水が最も保険金支払いが多い案件です。漏水センサーを漏洩しやすい場所に設置すれば、すぐに気づいて拭くだけで被害は最小限に防げます。気づくのが遅れるから、床が腐って、場合によっては下の階に浸水してしまうのです。
スマートホームやIoTの価値を一言で言うと、これまでわからなかったことがわかるようになることだと考えています。スマートロックも便利なだけでなく、物理的な鍵の開け閉めがあったこともわかるし、きちんと設定すれば誰が開け閉めしたかもわかります。損保会社では、ドライブレコーダーのサブスクサービスを提供していますが、これもIoTです。事故が起こった時に証拠が残ります。
電気会社では、電力需給のバランス調整に活用できます。家のさまざまなものをコントロールできれば、節電の余地が大幅に広がります。「明日は節電を心がけて」とユーザーに呼びかけても、せいぜいエアコンの温度調整をする程度でしょう。しかし、スマートホーム環境であれば、それを宅内のAIが自動制御したり、サービス事業者が一定コントロールできます。照明を80%にしても人間は困らないし、家電をエコモードに自動で変更することも可能です。つながればつながるほど家の解像度が上がり、できることが増えていきます。
――不動産会社との取り組みでは、三菱地所と協働の「HOMETACT(ホームタクト)」がありますね。
不動産デベロッパーは土地を取得して設計して売って終わり。管理という接点はありますが、顧客とはほぼ接点が切れてしまいます。私達も事業立ち上げから伴走している「HOMETACT」は顧客とつながり、ライフイベントなどを把握できる仕組みです。
例えば、若い夫婦やカップルが3LDKを買うと、多くの場合最初は使っていない部屋があります。しかし、あるときから使い始めたということは子供ができたのかもしれませんよね。
スマートロックの開け閉め回数でも、人が増えたことなどが推測できます。例えば、1人暮らしなら朝と夜だけですが、配偶者がいるなら日中も開け閉めが起きたりしますよね。また、食事の時間にリビングの照明がつき、夜7時に他の部屋の電気が消えたら一家団らんしているとわかる。30分後にまた他の部屋の電気がつき始めたら、この家はあまり仲良くないのかな、と(笑)
そういうデータから、不動産会社はその先のサービス提供ができる可能性が生まれるわけです。
――X-HEMISTRYに問い合わせする企業には、どのような課題があるのでしょうか。
95%ほどが何をするべきかわからない状態でお問い合わせをいただきますね。「スマートホームって何だと思いますか」と聞くと、「AlexaとかGoogleホームですよね」という回答が多い。それもひとつの正解ですが、スマートホームをガジェットだと思っている人が多いということです。本来、スマートホームは新しい生活インフラなんです。
こういう聞き方もします。「最後に出てきた住宅設備って何ですか」「最新の住宅設備って何だと思いますか」と聞くと、太陽光パネルや床暖房、食洗機で止まっています。実はスマートホームが最新の住宅設備なんです。
こういったコミュニケーションを通じてエデュケーションを進めると、100発100中でクライアント側のエンジンがかかり、社内でいかにサービスを作っていくかという話題になっていきます。
――スマートホームが日本で浸透してきているきっかけは何だったと考えますか。
ターニングポイントはコロナでした。2019年の創業当時は、スマートホームとは何か、スマートロックとは何かを説明しなければいけませんでした。でも今は不要です。
SwitchBotなども売れているし、ようやく日本もスタートラインを超えました。三菱地所が「HOMETACT」を始めたことも大きいでしょう。
日本のスマートホームの夜明けが来たと思います。

撮影=取材班
――日本国内でもさまざまなスマートホームサービスが存在しています。なかには撤退したサービスもありますが、成否を分けるポイントは何でしょうか。
ハードではなくソフトウェアを重視しているかどうかです。
これは海外の成功事例を見ても明らかです。アメリカのスマートホーム企業の多くは何の会社かと聞かれれば、ソフトウェアカンパニーと答えます。ハードウェアカンパニーと答える会社は少なく、大体つまずいています。
サムスンのような大手メーカーも、共通規格であるmatterが登場することがわかったタイミングでセンサー製造をやめました。matterが主流になればハードで囲い込むことはできなくなります。「自分たちの投資領域は、それらのハードを横断的につなげるプラットフォームを強化し、ユーザーエクスペリエンスを高めることだ」とジャッジしたんです。
一方、日本のスマートホームスタートアップは、ハードにこだわる会社が多いんですよね。ハードでは結局、安く大量に作れるところには勝てません。収支も悪くなるし、海外から製品を仕入れているなら為替変動などのリスクもあります。
もう一つ重要なのは設置・施工とアフターサポートです。自社でやらなくても、きちんとパートナーシップを組んで施工ができる会社とつながることが大切です。
――海外と比べて、まだまだ日本でのスマートホーム普及率など低いと言われています。そういったなかで、X-HEMISTRY社の展望や目標について教えてください。
スマートホームが日本に定着・普及することをゴールにしています。また、自分自身がエバンジェリストとして、スマートホームはガジェットではないということを広めていきたいですね。実は、創業して3年ほどは情報を出すことをためらっていましたが、10年超に渡る経験や情報の積み重ねが武器になり、情報を出してもそんなにすぐには真似できないなと思ったんです。だから今は積極的に情報を発信していこう、と考えてYouTubeやnote、オウンドメディアなども頑張っています。
我々は海外のスマートホーム展示会に行き最新の情報に触れています。そこに日本人はほとんどいません。ここに常にスマートホームのトップランナーでいるための蓄積があります。
そして究極的には、日本のものを海外に持っていきたいと考えています。これまでは海外から情報やものを持ってくることばかりでしたが、逆に日本のスマートホーム産業を輸出する架け橋になりたいと考えています。