外資系ファンドに勤務していた頃の失敗談です。
 ある時、大阪市内にある物件を売却する話がまとまり、決済を行うことになりました。
 社内ルール上、印鑑を社外に持ち出すことができないため、決済前日までに登記委任状その他の書類の捺印をすべて完了しておき、当日は押捺済みの書類を決済会場に持参することにしました。
 その当時には既に10年以上不動産取引に関わっていますので、必要書類は当然頭に入っていますし、前日に念入りに確認をした……つもりでした。
 決済当日。買主が少し遅れていたため、司法書士の先生に先に売主側の書類を渡してチェックを始めてもらいました。
 暫くして、
  「売主さん、すみません・・・」
  司法書士の先生が僕に声をかけてきました。
  「この印鑑証明書の会社名ですが、登記簿上の名称と違うようなのですが、社名変更をされたのですか?」
 そう言って僕に印鑑証明書を差し出してきました。
 何を寝ぼけたこと言っているの?と思いながら印鑑証明書をよく見ると…
 !!!!!
 そこに書かれている社名(商号)は全く別のSPCのものだったのです。ファンドは案件別にSPCを設立しており、しかも似たような名前のSPCが多く、取り違えてしまったのです。
 しかし、売主の印鑑証明書がなければ登記はできません。既に契約を締結しているわけですから、決済期日に登記書類を用意できないとなると、売主の契約違反ということになってしまいます。
 そこへ買主がやってきました。
 「申し訳ありません。これはすべて私の責任ですが、別の印鑑証明書を持ってきてしまいました。これから東京から印鑑証明書を持ってこさせますので、それまでお時間をください。」
 土下座する勢いでお願いしたところ、買主は決済時刻を午後に変更することを了承してくださいました。
 急いで東京にいる同僚に電話をして、印鑑証明書を大阪まで大至急届けてほしいと指示をしました。幸いすぐに対応してくれて、同僚は電話から40分後には新幹線に乗っていました。
 とはいえ、東京→新大阪は「のぞみ」で約2時間30分かかります。さらに新大阪駅から決済場所までも30分程度はかかります。同僚は11時20分発の新幹線に乗ったので、新大阪に到着するのは13時50分頃になり、そこからタクシーで来たとしても14時半を過ぎるのは確実です。
 その時点で印鑑証明書を司法書士の先生が確認し、銀行に送金指示をかけたとしても当日中の着金確認ができない恐れがあります。
 そこで、仲介会社の担当者と司法書士の先生が新大阪から新幹線に乗り、名古屋で同僚と落ち合い、そこで印鑑証明書の確認をすることになりました。
 新大阪駅11時53分発の「のぞみ」に乗ると、名古屋には12時45分に到着します。一方同僚を乗せた東京発の新幹線は12時58分に名古屋に到着します。
 この時ほど時計の針の進み方が遅いと感じたことはありません。
 そして、午後1時。司法書士の先生から連絡が入りました。
  「今、印鑑証明書を受け取り、確かに間違いがないことを確認しました。」
 ほぼ同じタイミングで買主が決済会場に戻ってこられ、ただちに送金指示をかけていただきました。その30分後、会社から入金が確認できたとの連絡が入り、無事決済を終えることができました。
  あまりにも初歩的なミスで、こうして公の場に書くのは本当に恥ずかしいことですが、このときの失敗を教訓に、書類の確認を念入りに行うことを肝に銘じています。

 
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