(画像=足成)
舞台は2階建ての三軒が並ぶ長屋だ。右の部屋には鳶職の親方夫婦が住み、血気盛んな若い衆が出入りし、酒の席では喧嘩が絶えない。左側には侍の楠先生が住み、1階を道場にして朝から晩まで門弟が稽古をしている。中央には、高利貸し伊勢屋勘右衛門の妾がつつましやかに住んでいる。
ある日、妾が勘右衛門に引っ越しをしたいと頼む。聞けば左右の家が騒がしく、血のぼせしてしまうとのこと。官兵衛は、長屋全体が家質(かじち)になっていることから、抵当流れになったら左右の借主を追い出し、三軒を1つの家にしてしまおうと計画する。その噂話が人づてにまわり、それを聞いた鳶の親方は―。
落語『三軒長屋』は、主に4代目橘家圓喬 や5代目古今亭志ん生、6代目三遊亭圓生によって演じられた題目だ。鳶職の親方や女房、若い衆、勘右衛門と妾、その女中、楠先生、その門弟など登場人物が多く、また喧嘩の場面があるため演じ分けが非常に難しい大作といわれている。
故・立川談志も演者の一人だった。
談志は「この落語、一口で言うと、内容は何も無い。唯、鳶職の若い衆がパアパア言っているだけだ。その若い衆と称する江戸っ子は~略~相手の言っていることは、ほとんど聞いていないという物凄さである。~略~現代でも、このことは同様で、テレビの討論会等を見てると、全く『三軒長屋』の若い衆と似たり、である。」と、語っている(立川談志著『談志の落語 四』静山社)。
また、「いい連中だ、羨ましい限りだ。『三軒長屋』の世界は好きであり、演っていてさえ愉しくなる」とも評した(同著)。
最近では長屋をあまり見かけなくなった。
共同住宅という点においては、マンションも同じかもしれない。しかし、マンションは『三軒長屋』の長屋独特な連帯感を感じたり、近隣住民とのコミュニケーションの機会は少ない。マンションは住民それぞれの生活空間が区切られており、他者の侵入や介在を必要としないのだ。
談志が愉しんで演じた世界は、現代にはなくなった過去のものだ。
だからこそ『三軒長屋』には、架空の世界を覗き見するような、驚きと魅力がある。
敬称略