誰もが自分の城を持ちたいと夢見たことがあると思う。

そんなマイホームの夢を叶えるために生まれた金融機関がある。

1950年(昭和25)6月5日は「住宅金融公庫」が発足した日である。

住宅金融公庫は1950年に当時の大蔵大臣・池田勇人が設立した政府系金融機関だ。

当時は深刻な住宅不足で、国を挙げての住宅供給が必要だった。しかし、個人向けに高額の貸し付けを行う住宅ローンは、当時の銀行が受け持つには荷が重かった。そこで、安定的な住宅金融を担う目的で公庫は誕生したのである。

その後、高度経済成長期に入り住宅ブームが起きると、銀行や信用金庫も住宅ローンの取り扱いを開始した。しかし、民間の金融機関では職業や年収など債務者個人の評価で行っていたため、審査が厳しかった。それに対して、住宅金融公庫の審査は物件の構造や評価額に重きを置いていたため、ある程度の収入と他社からの過剰な借入がなければ融資を行った。銀行では難しい若年層や自営業の人なども、住宅ローンが組めたのだ。

しかし、バブルが崩壊し2000年代に入ると風向きが変わってくる。小泉政権時におきた政府系金融機関が個人に対し直接融資を行うことは民間企業の圧迫になるとのバッシングで、住宅金融公庫は廃止がきまる。そこで、住宅ローン事業を提供していくために、直接融資ではなく民間金融機関の住宅ローンの買取りを行い、融資を供給する証券化支援事業を2003年から開始した。「フラット35」の誕生だ。

その後、住宅金融公庫の事業は、2007年に新たに発足した住宅金融支援機構が引き継ぐことになる。フラット35も継続されている。


住宅金融支援機構前 (画像=リビンマガジン編集部)

「フラット35」の特徴をみれば、住宅金融公庫の理念もみえてくる。

物件評価に重点を置いている点や、最終返済まで金利が変わらない全期間固定の商品である。今なお、若年層やフリーランスなど、民間金融機関で住宅ローン融資を受けにくい人に重宝されている。

家が売れない時代だと言われているが、マイホームの夢を語る人は多い。

生活する上で必要な“住”を60年以上も支えている金融機関だ。

改めて住まいについて考えてみてはどうだろう。

 
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