三菱商事の洋上風力撤退が問う日本の再エネ戦略の課題

みなさんこんにちは。日経新聞を読まない君でも、三菱商事が洋上風力発電事業から撤退したニュースは耳にしたと思います。秋田県と千葉県の三つの海域を一手に引き受け、国内の洋上風力時代を切り開くはずだったプロジェクトであり、大きな衝撃が広がっています。洋上風力は、日本のカーボンニュートラル実現に向けた切り札と位置づけられてきただけに、その影響は一企業の判断にとどまりません。

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今回撤退するのは、2021年に実施された、国による洋上風力の「第1ラウンド」の公募で選ばれた秋田県の能代市・三種町・男鹿市沖、同じく由利本荘市沖、そして千葉県銚子市沖の三つの海域です。合計134基の風車を設置し、あわせて170万kWを発電する計画で、2028〜30年の運転開始を目指していました。三菱商事の中西勝也社長は会見で、撤退の理由を「ウクライナ危機に端を発したサプライチェーンの逼迫(ひっぱく)、インフレ、金利上昇、為替などによって想定をはるかに超えてコストが膨らんだ」と説明。この数年間で急速に外部環境が変化し、建設コストが高くなり、事業の採算が合わなくなったと述べています。
なぜ今回の三菱商事の撤退がこれほど批判を集めているのか。それは、同社グループが入札で異例の安値を提示し、競合を押さえて三海域を「総取り」したという、そもそもの経緯にあります。第1ラウンドは、FIT(固定価格買取制度)に基づく入札が行われました。三菱商事らが提示した売電価格は、秋田・能代等で13.26円/kWh、秋田・由利本荘で11.99円/kWh、千葉・銚子で16.49円/kWh。いずれも他の入札者を大きく下回る価格です。結果的に、金額の安さが高く評価されて落札しました。
この安すぎる売電価格には、「事業の採算性はどうなっているのか」「実現可能なのか」「洋上風力の市場育成にとってマイナスではないのか」と批判が寄せられました。これだけの安値でどうやって事業を成り立たせるつもりだったのか、三菱商事は詳しくは明らかにしていません。ただ、同社が総合商社の中でも率先して再エネ分野に投資をしてきたのは事実です。2020年に欧州のエネルギー会社エネコを5000億円で買収し、洋上風力を含むノウハウと人材を確保。さらにアマゾンと長期の売電契約を結んで再エネ電気を直接販売する実績も積んでいました。こうした背景から、三菱商事は「洋上風力で一歩抜きん出た知見があるため、安値でも成り立つ」というイメージを周囲に持たれていた可能性があります。
当時は、FITによる固定価格買取に加えて、特定の企業に電気を卸売して上乗せ料金を得る「FIT特定卸供給」を活用できる仕組みもありました。再エネ由来の電気を使いたいという企業ニーズを取り込むことで追加収入を見込んでいたと報じられています。ただし、この「プレミアム収入」がどれほど実現できるのかは不透明で、どこまで当てにしていたのかは分かりません。
何より計画を狂わせたのは、インフレなどによる資材価格の高騰でした。建設費用は当初の想定の2倍以上に膨れ上がり、FITと特定卸供給を組み合わせても採算は立たず、プロジェクトは行き詰まりました。三菱商事はすでに522億円の損失を計上し、撤退により200億円の保証金も没収されます。
会見で中西社長は「当時の環境に基づけば十分に採算が見込めた」と強調しました。安値入札だったとの批判に真っ向から反論した形です。しかし、結果として実行不能に終わった以上、「無責任」との批判は免れません。三菱財閥が掲げてきた「所期奉公」(社会への貢献を第一とする理念)の観点からも、誇れる結果ではないでしょう。
問題は三菱商事だけにあるのではありません。第1ラウンドの入札制度は「価格の安さ」を最優先し、実現可能性を軽視していました。結果として、持続不能な計画が採択され、地元経済やサプライチェーンの準備も振り出しに戻ってしまったのです。その後、第2、第3ラウンドではFIP(市場価格に一定のプレミアムを上乗せする制度)が導入されましたが、依然として制度には課題が残ります。
洋上風力はカーボンニュートラルに向けた切り札です。だからこそ、事業者も制度も仕切り直しが必要です。供給網の育成や地域との合意形成を重視する制度設計に転換することが求められています。今回の撤退は、日本が再生可能エネルギーを本当に「主力電源」として育てられるのかを問う試練であり、教訓だといえるでしょう。