信託型ストックオプションで、スタートアップ業界が大騒ぎしている理由

「日経新聞くらい読めよ」社会人なら誰もが一度は言われたセリフです。そりゃ、客先で経済ニュースを語れるとかっこいいですもんね。でも、「だって、みんな読んでないしな…」と、何となく済ませている人も多いのではないでしょうか。それでは、心許ないので最低限に知っておいて欲しいニュースを、経済誌の現役記者・編集者がこれ以上ないくらいにわかりやすく解説します。今回は、スタートアップ業界を騒がせている、信託型ストックオプションの話題について解説します。

画像=PIXTA

みなさんこんにちは。日経新聞を読んでいない君たちは知らないかもしれませんが、5月末に信託型ストックオプション(信託SO)の課税をめぐって、スタートアップ界隈で大騒ぎになりました。SNSなどで盛り上がっているのを見た人もいるかもしれませんね。この話、ストックオプションと無縁の人には全く意味がわからないですよね。でも、もしかしたら将来不動産業界で独立したとき、経営者としてこの問題に関係してくるかもしれません。というわけで、ここで簡単に騒動について解説してみます。

まずはそもそも、ストックオプションとは何でしょうか。スタートアップに勤めている人は、聞いたことがあるかもしれませんね。ストックオプションとは、役員や従業員が予め設定された価格(権利行使価格)で、自社株式を取得できる権利を指します。ストックオプションを持っている人は、会社の株価が上がったところで権利を行使して自社株を取得し、売却します。権利行使価格と売却価格の差がキャピタルゲインになるわけです。

会社の株価が高くなるほど手にする利益が大きくなるので、ストックオプションを持っている人は、会社の利益を大きくして、会社の価値を高めようと頑張ります。特に、上場を目指す企業では、ストックオプションを持っているとIPO(新規株式公開)による株価値上がりのメリットを享受できるので、大きな励みになります。設立まもない会社では、優秀な人材を確保しようにも、お金がないので高い給料を出せません。そこで、「今は高い報酬を出せないけど、代わりに将来株式を取得する権利をあげる。頑張って会社が成長したら、株価が爆上がりして大きな財産になる(かもしれない)から頑張ってね」という具合にストックオプションを役員・社員にインセンティブとして渡すわけです。

さて、渦中の「信託型ストックオプション(信託SO)」についてみていきましょう。2014年に考案されたストックオプションの形式のひとつなのですが、その仕組みを簡単に説明するとこんな感じです。

まず会社がストックオプションを発行して、信託会社にプールしておきます。役員・従業員には、将来ストックオプションに交換できるポイントを付与していき、期間満了時にポイントに応じてストックオプションを付与します。最初の段階でドーンとまとめてストックオプションを発行して、信託会社に預けておくということですね。

信託SOのメリットは、入社時期やストックオプションを付与された時期に関係なく、権利行使価格が一律で同じになることです。一般的に、スタートアップの株式の価格は事業が成功して会社が大きくなるにつれて値上がりしていきます。通常のストックオプションは、成長の段階ごとに、そのときにあげたい人に発行していきますが、権利行使価格は発行時の時価に設定されるので、会社設立間もない頃に発行されたストックオプションよりも、設立から5年、10年後の成長した段階で発行されたストックオプションの方が、権利行使価格が高くなります。つまり入社時期が遅い人ほど、ストックオプションの権利行使価格が高くなり、得られるメリット(キャピタルゲイン)が小さくなるということです。

一方の信託SOは、最初に信託会社にストックオプションをプールした段階の権利行使価格で権利を配分するので、入社時期に関わらず、一律で安い権利行使価格になります。

という具合に大きなメリットがあるということで、信託SOは多くのスタートアップ企業で採用されてきました。しかし、今年5月に国税庁が課税の部分で注文をつけたことで、大混乱に陥っています。国税庁の見解を一言でいうと、信託SOを行使して取得した株式を売却するときにかかる税金は、これまで株式の譲渡益課税(税率20%)だと理解されていたけれど、実際には給与所得課税(所得税+住民税で最高税率55%)になるということです。

給与所得は企業が源泉徴収する義務があるので、すでに信託SOを行使している場合は、追徴課税の可能性もあります(いったん会社側が払って、後で個人から徴収する)。一方で、国税庁は、まだSOを行使していない企業については、条件を満たせば「税制適格SO」として譲渡益課税とみなされるという見解も示しました。つまり、今回の騒動で追加の税負担が発生するのは、すでに信託SOを行使してしまった企業だけということになります。

実は、信託SOは国が作った制度ではなく、ある弁護士がスタートアップ企業のために編み出した手法でした。日経新聞によると、約800社が導入しているそうです(2023年6月2日の記事)。一方で、法的な位置付けが曖昧(あいまい)でグレーな部分があるため、信託SOの導入を見送るスタートアップもたくさんありました。今回の国税庁は、このグレーの部分の扱いについて、具体的な見解を示したことになります。

ビジネスの新しい手法や形式に対して国税庁がいきなり見解を出してくる、ということについて、不動産業者の皆さんはよく存じだと思います。信託SOの問題はまだ燻っている部分もあり、今後も議論が続きそうです。

 
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